なぜ始祖ユミルを解放するのはミカサでなければならなかったのか?

始祖ユミルを解放するのが ミカサでなければならなかった理由 について考察します。

なぜミカサ?ということが話題の中心です。愛とは?的な話はあまり登場しません。

ミカサがやったことは「エレンの首を斬り、生首にキスをした」です。なぜこれが「始祖ユミルの微笑(成仏)」と「巨人の力の消滅」に繋がるのでしょうか?

結論を言うと、エレンと始祖ユミルは同化(一体化?)しておりミカサと合わせて三角関係のようなものが出来ているから、と考えられます。

エレンの解放→始祖ユミルの解放。エレンを解放するのはミカサでなければならず、またミカサを解放するのはエレンでなければならない。だから始祖ユミルを解放するのはミカサでなければならない、ということになります。

細かいところも見れば、地鳴らしストップ云々愛情云々等々、色々な要素が絡むはずなのですが、大筋としてはそういう話なのだと思います。

  • エレンと始祖ユミルは同化していた。
  • エレンはミカサと始祖ユミルを重ねていた。
  • ミカサは「エレン&始祖ユミル」を「巨人の力の呪い」から解放した。
  • エレンは「ミカサ&始祖ユミル」を「愛の縛り・不自由」から解放した。

始祖ユミルの解放の鍵がミカサだと感じているのはあくまでもエレンです。始祖ユミルがミカサを選択したという訳ではありません(そういう描写がない)。最終的に始祖ユミルもミカサを待っていたとしても、構造理解の順番としてはまずはエレンだろうということです。

では何が始祖ユミルとミカサを結びつけるのかといえば、それは「エレンと始祖ユミルの同化」です。だからエレンの解放は始祖ユミルの解放にも繋がる、ということになります。

ミカサは、エレンと始祖ユミルを「巨人の力の呪い」から解放した。(エレン≒始祖ユミル)

エレンは、ミカサと始祖ユミルを「愛の縛り・不自由」から解放した。(ミカサ≒始祖ユミル)

この3者の関係があるからこそ、最後の締め括りである「巨人の力の消滅」と「始祖ユミルの解放」を担う者は、自身も当事者であるミカサでなければならなかった、と考えられます。

なぜミカサなのか?

なぜミカサなのかという点に絞って結論を言えば「エレンが未来の記憶で見たから」ということになってしまいます。

ミカサだからミカサなのです。あるいは進撃&始祖継承の瞬間に連動して決まったと言えるかもしれません。

もっと言えば「すべてが最初から決まっていた」ということになります。

とにかく進撃の巨人に出てくる謎は「結果→原因(未来→過去)」で考えないといけません。

「でも…そんな結末 納得できない」ということで、それらしい理由を考えます。

描かれた事実

  • ミカサのエレン斬首&キス
  • 始祖ユミルの微笑(成仏)
  • 巨人の力の消滅
  • エレンの死

エレンは「ミカサの選択がもたらす結果」に行き着くためだけに進み続け、見事に巨人の力がこの世から消え去りました。

理由はともかく、ミカサが何かした結果、巨人の力が消滅し、始祖ユミルは解放されました。これは作中で描かれた事実です(始祖ユミル解放の絵はありませんが)。

「始祖ユミルの解放(笑顔) ↔ 巨人の力の消滅」の関係は、納得のいく理由さえあれば受け入れられると思います。

ミカサを待っていたのはエレンなのでは?

「始祖ユミルがミカサを選んだ」とストレートに解釈できる描写は作中に見当たりません。始祖ユミルが天からミカサを見守っていた、みたいな描写もありません。

頼りになりそうなのはエレンのセリフです。

「二千年間ずっと 愛の苦しみから解放してくれる誰かを求め続け… ついに現れた それがミカサだ」

これはあくまでも結果を言っているだけです。エレンは未来の記憶を見ているので結果は知っています。だけど理由は知らないんです。

確かに、始祖ユミルとミカサにいくつかそれらしい共通点を見つけることはできます。しかし、共通点があるからといってそれが成仏に結びつく根拠にはならないし、ミカサでなければならない理由にはなりません。

アルミンに「何で…ミカサなの?」と聞かれ、エレンは「そりゃあ… 始祖ユミルにしかわからねぇよ」と答えていました。心の奥深くまでは理解できないけれど何となくわかる、という感じでしょう。

つまり『「始祖ユミルはわかっている」ことをエレンは知っている(感じている)』ということになります。

これが139話で明らかになった事実です。

だから、 エレンは 「始祖ユミルが待っていたのはミカサ」だと思っている、ということになります。

もっと疑い深く解釈すれば、ただ単に「ミカサの選択」によって始祖ユミルは解放されると言っているだけで、特に始祖ユミルとミカサの関係について示唆している訳ではないのかもしれません。

いずれにせよ、なぜエレンはそんな風に思うのでしょうか?

これはエレンと始祖ユミルが同化していることが原因だと考えられます。

※単行本の加筆部分で、ミカサには始祖ユミルから頭の中を覗かれている自覚があったことが明らかになりました。

それはそれで良いのですが、結局「なぜミカサ?」という点に関してはもやっとしたままです。

エレンと始祖ユミルの同化

座標で同化するエレンと始祖ユミルその1 座標で同化するエレンと始祖ユミルその2

©諫山創 講談社 進撃の巨人 33巻133話「罪人達」

133話「罪人達(つみびとたち)」で、座標に少年エレンと始祖ユミルが並んで立っている場面があります。

おそらく、2人の同化を表現していると考えられます。

座標は道の中心(原点)なので、始祖の巨人を表しています。巨人の力そのものです。

アルミン達はここに近づくことが出来ませんでした。超特別な立ち位置です。

一行はエレンを説得しようと必死に語りかけるのですが、始祖ユミルについては誰一人触れません。ノータッチ、完全に空気です。おそらく見えていないのでしょう。これも同化の根拠になるかもしれません。呆気にとられているだけかもしれませんが…。

139話では、エレンが「頭めちゃくちゃ」と言ったり、「わからない」を連発しています。

エレンは始祖の巨人を掌握したことにより、自分がエレンなのか始祖ユミルなのか、どっちがどっちかわからないような感じになっているのではないでしょうか。

エレンが始祖ユミルの気持ちを理解し共感を示せているのも、この「めちゃくちゃ」状態が後押ししていると考えられます。

「誰かを」エレンが始祖ユミルに共感している場面

待っていたんだろ ずっと 二千年前から 誰かを

©諫山創 講談社 進撃の巨人 30巻122話「二千年前の君から」

122話「二千年前の君から」で、エレンは始祖ユミルを抱きながら「待っていたんだろ ずっと 二千年前から 誰かを」と言いました。

これはエレンが始祖ユミルの気持ちを代弁しているように見えます。

しかしこの時既に2人が同化していたと考えることもできます。

「終わりだ」から「待っていたんだろ~」まで、いくらか時間が経っており(数秒…)、その間にエレンと始祖ユミルの同化が進んでいたのかもしれません。

そうすると「誰かを」はエレン自身の気持ちでもあると解釈できます。

誰がなんと言おうと結果的に最後はミカサがエレンを斬りました。しかもエレンは待ってました的な顔をしており、首を斬られた結果色々解決した訳で、そこに整合性を求めるなら、どこか過去の描写にヒントがあるはず。それはここなのでは?という話です。

そうであれば、多少強引かもしれませんが「エレンがミカサを待っている=始祖ユミルがミカサを待っている」は成立すると言えるのでないでしょうか。

王子様・エレンがお姫様・始祖ユミルを呪いから解放してあげる物語ということでも良いのですが、始祖ユミルが愛していたのはあくまでもフリッツ王です。またエレンと始祖ユミルは同化していたという解釈のほうがミカサの必然性を後押ししやすくなります。

完全に重なっていることにしなくても、道によるユミルの民の繋がりや時間設定を踏まえれば、始祖ユミルとエレンが共鳴していると考えるのは、それほどおかしな話ではないでしょう。

「不自由」なぜエレンは始祖ユミルに共感できるのか

なぜエレンは始祖ユミルに共感できるのでしょうか?

137話でジークは「エレンは始祖ユミルの未練を理解していた」と言いましたが、実際にその通りでした。

エレンは「始祖ユミルはフリッツ王を愛しているがゆえに道に留まり続ける一方で自由を求めて苦しんでいた」と感じています。

このように感じることができるのは、エレンが誰よりも不自由であり、それが原因で自由を求めているからです。

この世で最も不自由な男。エレン

不自由に敏感なエレン

©諫山創 講談社 進撃の巨人 18巻73話「はじまりの街」

外の世界のことを嬉々として話すアルミンの目を見て「オレは不自由なんだ」と思うエレン。感じたのがそれかよとツッコみたくなりますが、それこそが彼の個性なのでしょう。

そんなエレンだから、ミカサに対して愛情(恋心)を持ちつつも「自分に執着していて不自由そうだ」と感じてしまう、いわば「不自由警察」です。

そしてエレンが感じているミカサの不自由さは、フリッツ王への愛に縛られている始祖ユミルに重なります。

だからエレンは始祖ユミルに対して「お前、苦しかっただろ?」と共感してあげられるのでしょう。

「地鳴らし」が起きた理由

なぜ「地鳴らし」が起きたのかというと、始祖ユミルがエレンに同意したからだと考えられます。

そして同意しているということは、エレンの死=始祖ユミルの死ということになります。

エレンから始祖ユミルへのメッセージ

122話でエレンは始祖ユミルに「オレがこの世を終わらせてやる、オレに力を貸せ」と言っています。

「この世」というのは「道」のことです。

137話でジークが説明していたように、「道」は始祖ユミルが「苦しみから逃れるための世界(死さえ存在しない世界)」です。

進撃の巨人に限らず、古今東西様々な物語において生と死は表裏一体であり、「死から目を背けることは生の冒涜だ」「死があるから生は尊いのだ」みたいな価値観は割と一般的です。

進撃では「勝てば生きる 戦わなければ勝てない 戦え戦え」ということが何度も語られます。つまり「生きろ」ってことです。そして「生きろ」ってことは最終的に「死ね」ってことです。

よって、これまで「死ねない・生きられない状態」だった始祖ユミルは物語を丸く収めるためにきちんと「生きて死ぬ」必要があります。

だからエレンは始祖ユミルに「生きろ!!(死ね!!)」と言っているのだと思います。

このエレンのメッセージをもう少し物語の進行に沿った形で修正すると、「巨人の力を消して道から解放してやる(死なせてやる)から、地鳴らしするために力を貸せ(生きろ)」という感じになります。

そしてエレンは始祖ユミルに選択を委ねました。

エレンと始祖ユミルの契約

大地の悪魔と始祖ユミルの契約の瞬間

©諫山創 講談社 進撃の巨人 30巻122話「二千年前の君から」

これは「世界を平らにしたいエレン」と「道から解放されたい始祖ユミル」との契約です。

結果、「地鳴らし」が始まったのですから、始祖ユミルはエレンに同意したと考えられます。

つまり始祖ユミルが「道の世界を終わらせる(生きて、死ぬ)」と覚悟したから、エレンに力を貸して「地鳴らし」が起きたということです。

また「地鳴らし」は始祖ユミルの意思でもあったと考えられます。彼女に破壊衝動的なものがあったしてもおかしくありません。135話のアルミンのセリフからもそれが伺えます。

「主人公エレンの生まれつきの変態的な欲望」と「物語の締め括りに必要な始祖ユミルの解放」を綺麗に繋げることで、「地鳴らし」の必然性を出すことに成功していると思います。あってもなくても良かった、とはなりません。

また、122話のエレンがなぜこんなに強気で、確信を持って始祖ユミルに訴えられたのかといえば、それは「ミカサが最後に何かして巨人の力が消える」ということを未来の記憶で知っていたからです。

エレンのセリフを言い直せば「(ミカサが)巨人の力を消して、お前を道の世界から解放する(らしい)から、(地鳴らしするために)オレに力を貸せ」ということになるでしょう。

始祖ユミルとアッカーマン

アッカーマンは「王家の懐刀」だったと作中で説明されています(16巻65話「夢と呪い」)。

122話で始祖ユミルはフリッツ王を庇いました。この性質を受け継いでいるのがアッカーマンなのだと考えられます。

元を辿れば始祖ユミルがフリッツ王を守ろうとした理由は愛です。同じように、ミカサがエレンを守ろうとするのはエレンが王様だからではなく、エレンを愛しているからです。

そして始祖ユミルはフリッツ王を愛しているからこそ苦しんでいました。これが「愛の不自由」です。

ミカサがエレンを殺せば、ミカサは「愛の不自由」から解放されます。でもそれはミカサにとって望ましいとは言い切れません。ジレンマです。

ここで忘れていはいけないのが、アッカーマンは初代・壁の王(カール・フリッツ)に背いたという実績です。

例え相手が王様でも言うときはビシッと言うのがアッカーマン。それが見事に表現されているのがウォール・マリア奪還作戦のリヴァイとエルヴィン、最後のミカサとエレンです。

エレンとエルヴィン

リヴァイとエルヴィンの場合

夢を諦めて悪魔としての自分から開放されるエルヴィン

©諫山創 講談社 進撃の巨人 20巻80話「名も無き兵士」

地下室で父の仮説の答え合わせをする、つまり世界の真相を知るという夢を持っていたエルヴィンでしたが、同時に人類を巨人から救うために悪魔となり戦っていました。

そんなエルヴィンを解放したのはアッカーマンのリヴァイです。

特攻すれば夢が叶わない、しかし特攻しなければ調査兵団は全滅し人類は滅亡へ一直線…。

そんな状況でリヴァイはエルヴィンに「俺は選ぶぞ」「夢を諦めて死んでくれ」と言いました。

誰よりもエルヴィンを想うリヴァイでなければ出来ない選択です。

ミカサとエレンの場合

悪魔としての自分から開放されるエレン

©諫山創 講談社 進撃の巨人 34巻138話「長い夢」

構図が似ているということは、リヴァイとエルヴィンと似たようなことがミカサとエレンにも起きているだろう、という話です。

エレンもエルヴィンと同じように、ミカサや仲間と一緒に生きたいとか、アルミンと外の世界を冒険したいとか、夢がありました。

一方で「巨人の力の呪い」を背負い、パラディ島を救うために悪魔となり「地鳴らし」を起こして戦っていました(「地鳴らし」もある意味エレンの夢だった思います)。

ミカサとエレンのややこしいところは、互いに互いを捨てなければならないところです。

ミカサを「愛の不自由」から解放するのはエレンしかいません。

そしてその方法はミカサがエレンを殺すしかなく、それが「巨人の呪い」からの解放に繋がります。

エルヴィンの「答え合わせ」が叶わなかったように、エレンとミカサは現実で結ばれることはありませんでした。

夢は夢のままのほうが良いかもね、というなんとも歯がゆい結末も似ています。

ちなみに最終話でアルミンがエレンに貝殻を渡したあの場面も「夢を諦めて死んでくれ」でしょう。

エレンはミカサとアルミンから引導を渡されていた、ということになると思います。もしかしたら事前に個人面談があったジャンやコニー、ライナー、アニ達からも同じようにきっぱりと言われていたかもしれません。

ミカサの選択の結果

エレンがミカサに斬られたときの気持ちは、エルヴィンからリヴァイに対するものと同じような感じだと思います。要は解放してくれてありがとう、です。

また、エレンは自分を斬ったミカサに対して「これでお前は自由だぞ」とも思っているでしょう。それが果たしてミカサにとってどういう意味になるのかはまた別の話です。

このエレンの感情が、そのまま始祖ユミルにダイレクトに伝わっているということではないでしょうか。

だから始祖ユミルはミカサがエレンにキスをするのを見て微笑んでいたのだと思います。微笑みはエレンのものでもある、ということです。

ミカサのキスの必然性

なぜミカサとエレンのキスが始祖ユミルを成仏させるための必須項目に加えられるのかと言えば、やはり「ミカサの選択」の必然性を持たせるためでしょう。

ただエレンが首を斬られて死ぬだけだと、介錯人がミカサである必要は無いということになってしまいます。

122話、137話で始祖ユミルが結婚式的な場面を眺めているコマがあります。

結婚式的な場面を眺める始祖ユミル

©諫山創 講談社 進撃の巨人 34巻137話「巨人」

両方同じ男女で、122話はキスしています。137話はジークのセリフ「何かの…未練を残していたことは確かだが…」が添えられています。

そして138話では御存知の通りミカサとエレンがキスします。

これが何の解決に繋がるのかといえば、やはりエレンにしろ始祖ユミルにしろ「愛されたかった」ということなのでしょう。

最終的な形はどうあれ、自分の中に確かな実感が欲しいということなのかもしれません。

また139話でエレンが「オレもまだ… ミカサが何をするのかは… わからない」と言っている場面があります。

このときの背景は50話の「マフラーを巻いてくれてありがとう」の回想です。

「マフラーを巻いてくれてありがとう」を思い出すエレン

©諫山創 講談社 進撃の巨人 34巻139話「あの丘の木に向かって」

138話のキスという結果を踏まえて考えると、エレンは50話でミカサにキスされるという予感があったのだと思われます。

つまり「わからない」というのはエレンの照れ隠しのようなもので、誤魔化しているのではないでしょうか。

エレンと始祖ユミルは同化しているので、エレンとミカサのキスというのは始祖ユミルからしてみても趣深いことだと、そういう話なのだと思います。

選択は変化

変革を求める集団

©諫山創 講談社 進撃の巨人 5巻20話「特別作戦班」

エレンは調査兵団に入ったばかりの頃、ハンジと巨人トークをして「変革を求める人間の集団…それこそが調査兵団なんだ」と大喜びしています。

極端な言い方をすれば、どんな形であれ変化することは正義、停滞や現状維持は悪みたいな考え方でしょう。

作者は過去に、「やめときゃいいのに」「おとなしく暮らせばいいのに」と言ってしまう思考を、徹底的に敵として描いている、と語っています(2013年6月 トーク&ライブイベント 自由への進撃)。

だから物語の最後にメインキャラクターに対して不条理な選択が突きつけられて、それでも何かしらの決断をしなければならない状況がやってくるのは必然だったと言えると思います。

エレンとミカサの関係は同じ状態を維持していられない、いつかは変わらなければいけなかった、ということです。

何かを変えることができるのは、大事なものを捨てることができる人

進撃の巨人の作中の「人類を救う」とは何かといえば、「巨人の力の呪いのせいでエルディア人が世界から憎まれ滅亡を望まれている状況を変える」ことでしょう。

つまり変化です。

オニャンコポンのように理解を示す人もいましたが、残念ながら巨人の力を消さないことには話し合いのテーブルにつくことすら叶わない状況でした。※1

さらに世界から宣戦布告され、滅亡へのカウントダウンが始まっている以上、何もしないわけにもいきません。

それこそ現状維持ならパラディ島は問答無用で絶滅、大陸のエルディア人だって時間の問題です。

変化を起こすために、たとえそれが間違いだとしても選択するしかないでしょう。

だからエレンは少しでも前に進むために、要は時間稼ぎをするための手段として「地鳴らし」を選択しました。合っているとか間違っているとかの問題ではありません。物語の進行としてそうだということです。

ミカサやアルミンたちが「地鳴らし」を止めてエレンを殺すことで、世界はようやく次の段階に進むことが出来たのです。

※1. ユミルの民が持つ巨人の力は、外部から見て脅威なだけではなく、当人たちにとっても全然嬉しくないものです。知性巨人の場合は継承後に寿命が残り13年になることや、その力を巡って争いが起きたり、子が親を食うサイクルが生まれるなど、マイナスが大き過ぎます。エレンが(というか物語の結論として)巨人の力そのものを無くそうとするのはやむを得ないのではないでしょうか。

エレンの死と巨人の力の消滅

巨人の力の消滅

ミカサはエレンの首を斬り落としてキスをしました。

なぜエレンが死んで巨人の力が消えたのかと言えば、始祖の巨人が死んだからでしょう。

道の根本(座標=始祖の巨人)が死ぬのですから、それで道の世界が終わるというのは自然な解釈だと思います。

クルーガーによれば知性巨人の継承者が他の人間に力を継承する事無く死んだ場合、赤子継承が起きるとのことでした。

しかし、始祖ユミルは122話で「この世を終わらせる」というエレンの意思に同意しています。つまり赤子継承は起きないということです(巨人の力が継承されない)。

巨人の力の消滅に始祖ユミルの成仏は不要では?

「地鳴らし」が始まったということは、始祖ユミルが納得しているということになります。

エレンが死ねば、巨人の力が消える。始祖ユミルも既に同意しているようです。つまりエレンと一緒に始祖ユミルも死ぬということです。

なんだかこうして見ると、巨人の力が消える条件は「エレンの死」なのだから、エレンを斬るのはリヴァイとかミカサ以外の誰かでも良さそうだし、そもそも始祖ユミルの成仏なんて関係ないような気がしてきます。

ですが、それだと作中の描写と辻褄が合いません。

上でも書いたように、ミカサとエレンのキスが始祖ユミルの成仏に必要なのだと思います。

未来の記憶を踏まえた解釈

それに加えて、こう考えてはどうでしょうか。

始祖ユミルがエレンに同意したから「地鳴らし」が起きた。

この同意は、始祖ユミルが最後の「ミカサの選択」まで見た上でのものだった。

未来の記憶を見ていた、すべて最初から決まっていた、ということです。

まとめ

エレンはミカサが始祖ユミルを解放すると知っていた(未来の記憶)。

エレンと始祖ユミルは同化している。よって始祖ユミルもミカサが自分を解放するのを知っていたことになる。

ミカサはエレンを巨人の力の呪いからの解放した。

エレンの解放は始祖ユミルの解放でもある。

始祖ユミルの微笑みはエレンの微笑み。

補足

上で述べたことの繰り返しも多いですが、補足。

エレンは死んでない?

エレンの死=巨人の力の消滅

みたいな前提で書きましたが、死んでいない可能性もあると思います。

始祖エレン&人間エレンは死に、巨人の力とユミルの民の道は消えた。しかし、エレンの民の道が新たに作られて、現実の世界では鳥になって飛び回っている。

だからエレンは鳥視点の記憶を持っているのだ、みたいなことがあるのかもしれません。

光るムカデ=エレンだったりしたらあり得るんじゃないでしょうか。

エレンはミカサと始祖ユミルを重ねている

エレンは「始祖ユミルは王を愛していた」「自由を求めて苦しんでいる」と感じました。

これは作中で何度も描かれてきた「ミカサのエレンに対する執着」&「エレンはミカサに自由になって欲しいと思っている」に重なります。

つまりエレンはミカサに対してずっと「ミカサは何だかオレに縛られてるな。自由になったほうが良いよな…」と思っていたから、始祖ユミルの気持ちもわかった、みたいな話です。

もしこの仮説が正しければ、最後の鍵がミカサでなければならないことの説明もつくと思います。

エレンにとって重要な「ミカサをどうする問題」が、そのまま始祖ユミルの問題にも繋がるからです。

ミカサが断ち切ったもの

ミカサはエレンを愛しており、一緒にいたいと願っています。

しかしエレンは始祖の巨人の力を手にし、地鳴らし虐殺爆進中です。

ミカサはエレンにそんなことをさせたくないので止めなければいけないとわかっているのですが、エレンを止める=殺すなので、躊躇いがあります。

「一緒にいたい」というささやかな願いすら叶わない悲劇です。その一方で、ミカサはエレンが生きている以上は執着してしまうという縛りというか呪いに掛かっているような側面もあります。

だからミカサにとってエレンを斬るということは、エレンを「巨人の力の呪い」から解放することに加え、自らもエレンへの執着を断ち切るという通過儀礼的意味合いもあるでしょう。

さらにややこしいことに、ミカサはそれでもエレンを忘れたくない、殺して愛は永遠になるみたいな、部分もあったりします。

エレンはエレンでミカサのことが大好きですので、殺されて離れ離れになるのは嫌なのですが、ミカサに自由になって欲しい気持ちもあるので胸中複雑です。この辺は解釈の幅がありまくりだと思います。

肝は「巨人の力の呪い」「愛の苦しみ的なもの」からの解放でしょう。

そしてエレンとミカサの関係の変化(解放)がそのまま始祖ユミルの解放に繋がるということなのだと思います。

始祖ユミルの微笑み

ミカサはエレンと始祖ユミルの「巨人の力の呪い」から解放しました。

そしてそれは同時にミカサ(ある意味エレンも)の「愛の縛り・苦しみ」からの解放も意味します。

ミカサが決断してくれてエレンは嬉しかったのでしょう。

エルヴィンがリヴァイに「夢を諦めて死んでくれ」と言われたあの場面のようなものだと思います。

だからエレンと同化している始祖ユミルが微笑んでいたのだと思います。

137話で始祖ユミルが求めた「繋がり」

137話でアルミンが言っていた「始祖ユミルが求める繋がり」ですが、逆算すれば結局「みんなの力」がなければミカサのエレン斬首&キスにたどり着かなかったよね、という話だと思います。

結局エレンとミカサだけではどうにもならなかった訳ですから。

始祖ユミルが2000年掛けて広げ続けたユミルの民のネットワークが、最終的に始祖ユミル自身の解放に繋がりましたね、ということです。

現実の自然や歴史も、時間が経って増え過ぎたり大きくなり過ぎたりすると、どこかで撹拌とか革命が起きてリセットされます。それを喩えているのではないでしょうか。

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