「その日人類は思い出した ヤツらに支配されていた恐怖を… 鳥籠の中に囚われていた屈辱を……」の意味

※123話までのネタバレを含みます。

進撃の巨人の第1話「二千年後の君へ」の冒頭と最後に出てくる印象的なフレーズがあります。

その日人類は思い出した

ヤツらに支配されていた恐怖を…

鳥籠の中に囚われていた屈辱を……

この作品の傾向を踏まえれば、複数の意味が込められているのでしょう。

解釈次第では、122話で明らかになった始祖ユミルの過去やユミルの民の境遇を示唆する伏線だったと捉えられます。

ストレートな解釈をすると……

ストレートに解釈すれば、

超大型巨人に壁を壊されたその日、壁内人類は巨人に支配され食われる恐怖や壁の中に閉じ込められている屈辱を思い出した。

という感じでしょうか。

「外の世界への憧れと恐怖、守られていることによる安心と不満」とか「いつ食われるかわからない家畜の恐怖と屈辱」みたいな解釈もできそうです。

とりあえず、なんとなく上のような解釈をしていても物語を読み進める上ではさほど問題はないと思います。

しかし、なんとなく腑に落ちない感覚を持つのではないでしょうか。

ちなみに、18巻73話「はじまりの街」でエレンが「オレはずっと鳥籠の中で暮らしていた」「広い世界の小さな籠でわけのわかんねぇ奴らから自由を奪われている」「それがわかったとき許せないと思った」と言う場面があります。

鳥籠、奴ら(ヤツら)、支配(自由を奪われている)、屈辱(許せない)といったキーワードが1話のそれと結びつきますが、ヤツらの正体はぼんやりしたままであり、恐怖もイメージしにくい印象を受けます。

何かこう、もう少しバチッとハマるものがあるんじゃないかという状態です。

思い出した・支配されていた・鳥籠

なぜ「思い出した」のでしょうか??

仮に「巨人に支配されていたこと」を「思い出した」のだとしましょう。

壁内人類は、巨人によって壁の外の人間は全て絶滅させられたと認識しています。実際に巨人に襲われたことがない人達がなぜ「思い出す」のでしょうか。

現在進行系で調査兵団が壁外で巨人と戦っているわけですから、わざわざ「人類が」思い出すまでもないような気がします。

なぜ「ヤツらに支配されていた」なのでしょうか??

壁内人類は巨人について無知であり、明確な対処法が確立されていません。ですから巨人はどちらかといえば天災・自然災害に近いイメージでしょう。害があることは間違いありませんが、向こうが何か意図してこちらに害を加えている訳ではありません。

であればこの場合は「支配されている」とは言わないのではないでしょうか。

1話の会話にも何度かに出てくる「ヤツら」は「巨人」を指しているのだろうと読めますが、「ヤツらに支配されていた」を読み解く上で重要なのは「ヤツらの正体」でしょう。

「鳥籠」とは何なのでしょうか??

なぜ壁や檻ではなく、わざわざ鳥籠というのでしょうか。

調査兵団の自由の翼に対応する表現?

123話に登場した巨人が鳥籠みたいな形だから?

でも鳥籠の中身が見当たりません。「囚われていた」のは誰のことなのでしょうか?

一旦結論

作中のユミルの民に関する描写を拾っていくと、始祖ユミルの娘たち、つまりユミルの民の女性たちはエルディア帝国の奴隷として本人が望まない形で無理矢理子供を産まされ続けてきたことがわかります。

そして冒頭の文を以下のように書き換えると、

その日ユミルの民は思い出した

エルディア民族の王や貴族に支配されていた恐怖を…

子供を産まされ続ける家畜として鳥籠の中に囚われていた屈辱を……

人類=ユミルの民として冒頭の文を解釈すると色々辻褄が合う、ということです。

なぜ鳥籠??

鳥籠という言葉には2つの意味があります。

1つは、鳥を入れて飼っておく籠。そのまんまです。

そしてもう1つは、「遊郭」です。遊女(娼婦、売春婦)を「籠の鳥」ということから、鳥籠は遊郭の喩えとして使われます。

遊女は家畜のように売買され性的搾取をされる存在です。

王家や知性巨人保有家が巨人の力を代々継承させていくため、ユミルの民の女性たちは幼い頃(抗う力がない状態)から鳥籠に閉じ込められ、死ぬまで子を産まされ続けていたと考えられます(作中にドンピシャの具体的な記述・描写はありませんが)。

しかし、マーレや他国の人間がユミルの民を「売女」と呼ぶことからもその可能性は高いでしょう。

これが「鳥籠の中に囚われていた屈辱を」の由来であると考えられます。

そして、始祖ユミルを起点として繋がる全てのユミルの民がこの屈辱的な記憶を潜在的に持っており、「思い出した」ということです。

何を屈辱と思うか、何を誇りに思うかは人それぞれの価値観があるので議論はできませんが、作中の表現に則って上のような設定があると考えるのはそれほど不自然なことではないと思います。

始祖ユミルと娘たちの境遇

30巻122話「二千年前の君から」で明らかになったように、始祖ユミルの正体は奴隷の少女でした。

始祖ユミルは巨人の力を手に入れたことによって待遇は良くなったものの、王にとって彼女は最後まで奴隷であることに変わりはなく、死ぬまで働かされ続けました。

始祖ユミルはエルディア部族の長、初代フリッツ王との間に3人の娘・マリア、ローゼ、シーナを儲けています。

しかし、残念ながらフリッツ王にとってこの子達は「巨人の力を継承する器」「次世代につなぐための存在」としての意味合いが強い訳です(といはいえ、素朴な愛情が全くなかったとは言い切れません。不明ですが、まあそれなりにあったとは思います)。

エルディア帝国が大陸を支配するようなってから現在まで、始祖ユミルの娘たち、そしてそのまた子供達、つまりユミルの民は、代々巨人の力継承のために家畜のように子供を産まされ、子が親を食うサイクルを延々と繰り返す運命を背負わされてきました。

エルディア帝国の戦略

進撃の巨人21巻86話「あの日」

©諫山創 進撃の巨人 講談社 21巻86話「あの日」

エルディア人は他民族に無理矢理子を産ませユミルの民を増やした」とあります。

2000年前のエルディア民族と奴隷の関係がその後も継続していたとすると、エルディア帝国では非ユミルの民のエルディア人が支配層となり、ユミルの民はその下につく奴隷…という形だったと考えられます。

支配層の人間は「自分は巨人になりたくない」「巨人になるのは奴隷であるべき」と思っているはずです。しかし、巨人の力は使いたいし、継承を続けるために数もある程度は増やしたい、という勝手な都合があります。

進撃の巨人16巻65話「夢と呪い」

©諫山創 進撃の巨人 講談社 16巻65話「夢と呪い」

進撃の巨人16巻63話「鎖」

©諫山創 進撃の巨人 講談社 16巻63話「鎖」

そのような状況下でユミルの民を増やす(巨人化可能な人間を増やす)には、どうするのが効率的でしょうか。作中の描写(ライナー)からハーフでも良い、というか少しでもユミルの民の血が入っていれば良いことはわかっています。

であれば男性が種をバラ撒くのが最善策でしょう。とはいえ奴隷である男性のユミルの民が子孫を残すことを簡単に許されたでしょうか??

それは考えにくいことです。なぜなら、必要以上に巨人が増えてコントロール不能になるのは危険だし、数が多い民族に結束されると厄介だからです。

ではどうするかといえば、やはり初代エルディアの王がやっていたように、支配層の男性(非ユミルの民)と奴隷の女性(ユミルの民)という組み合わせで子供を作っていたのだろうと思われます。

さらに、エルディア帝国内では知性巨人保有家同士の争いが絶えない、という事情も絡んできます。

知性巨人継承者、および継承候補者とその母親は、常に他の家に誘拐・暗殺されるリスクがつきまとうので厳重に保護されるでしょう。パラディ島兵団にとってのエレンがそういう存在です。自由はなく保護というより監禁に近い。マーレ編以降はより顕著でした。

奴隷の女性は身柄を拘束されて死ぬまで子供を産まされ続けるという屈辱的な環境に身を置くことになります。これはまさにエレンがヒストリアに、クルーガーがダイナになって欲しくなかった状態です。

女子が生まれれば母と同じ環境におかれ、男子が生まれれば労働力としてこき使われる。基本的に子どもは全員継承候補者であり、一部は実際に知性巨人を継承し13年後には次世代に食われて短い生涯を終える…このサイクルが1700年続けられてきた、ということになります。

(純血の)エルディア人は他民族(ユミルの民)に無理矢理子を産ませユミルの民を増やした」…半端な言葉遊びのようですが、意味は通ってしまいます。

売女と呼ばれている場面

進撃の巨人23巻91話「マーレの戦士」

©諫山創 進撃の巨人 講談社 23巻91話「マーレの戦士」

中東連合の兵士たちが顎の巨人(ポルコ)に向かって大砲を発射しながら。

進撃の巨人29巻116話「天地」

©諫山創 進撃の巨人 講談社 29巻116話「天地」

マーレ軍の捕虜グリーズ。これはサシャのことを言っています。

エレンとクルーガーの態度

エレンとクルーガーはユミルの民の女性が他人の都合で子供を産み続ける環境に置かれることを断固拒絶しています。

エレンとミカサ

エレンは9歳のときにミカサが売られそうになるところを助けました。

なぜかミカサの居る山小屋の場所を特定して駆けつけ、見事な段取りで大人2人を殺しています。特に2人目のときは過剰な反応を示して滅多刺しにしていました。

エレンとヒストリア

進撃の巨人27巻107話「来客」エレンのヒストリアへの思い

©諫山創 進撃の巨人 講談社 27巻107話「来客」

エレンはヒストリアが獣の巨人を継承することに猛反発しました。なぜなら、それは家畜のようにひたすら子供を産んで子が親を食うサイクルに突入することを意味するからです。

たとえそれがパラディ島の防衛策の要となり、多くの島民を救うことにつながるとわかっていても反対しています。

ハンジやアルミン、その他ヒストリアに近い同期が半ば黙認している中でもエレンだけは明確に反対の意思を示しました。

クルーガーとダイナ

進撃の巨人22巻88話「進撃の巨人」クルーガーのダイナへの思い

©諫山創 進撃の巨人 講談社 22巻88話「進撃の巨人」

エルディア復権派が楽園送りになったとき、クルーガーはダイナを無垢の巨人にする選択をしました。彼女が王家の人間だとマーレに知られれば、死ぬまで子供を産まされ続けるからです。

ダイナの夫グリシャは、「無垢の巨人になれば全てが終わる、しかし生きてさえいればいつか解放されるチャンスが来るかもしれない」という考えを持っていたような雰囲気でした。しかし、クルーガーはそう考えなかった。

この2人の描写は、「進撃の巨人」の継承者が始祖ユミルと深く繋がっていることを示しているのかもしれません。

ケニーとアニの会話

24巻97話「手から手へ」で訓練兵時代のアニがスパイ活動をしていたとき、ケニーに見つかって逃げるときの会話。

アニは旅籠で生まれた(つまり母が娼婦)という作り話をしますが、ケニーは「笑えねぇ」と返します。ケニーの妹クシェル(リヴァイの母)が実際にそうだったので「笑えねぇ」という訳です。

アニはマーレ出身なので、ユミルの民の境遇を知っていてもおかしくありません。とっさに出てきたということは潜在的な記憶に刻まれている、なんて考えることも出来ます。

まとめ

その日人類は思い出した

ヤツらに支配されていた恐怖を…

鳥籠の中に囚われていた屈辱を……

  • 人類 → ユミルの民
  • ヤツら → エルディアの王、貴族
  • 鳥籠 → 遊郭の意味
  • 鳥籠の中に囚われていた → 家畜のように子供を産まされ続けたこと

その日ユミルの民は思い出した

エルディア民族の王や貴族に支配されていた恐怖を…

子供を産まされ続ける家畜として鳥籠の中に囚われていた屈辱を……

1話冒頭の文は上のように書き換えられると思います。

では、2つの文はどのように対応するのでしょうか。

エレンはその日10歳と幼かったので、自分の力では為す術がないままに巨人に街を襲われ母を食い殺されました(恐怖)。

壁の外へ出ようとせず家畜のように壁内に留まり続けることを選ぶ人間に嫌悪感を示しています(屈辱)。

全てのユミルの民は道で繋がっているので、「全員でもあり1人でもある」みたいなところがあります。

その日、道を通じてエレンと始祖ユミル(ユミルの民)が記憶で繋がった(思い出した)ということなのでしょう。

だから「二千年後の君へ」なのではないでしょうか。

恐怖と屈辱を思い出した結果、復讐心が芽生え「駆逐してやる!!この世から…一匹…残らず!!」というセリフが出てきたのだと思います。

そしてこれがエレン1人の気持ちとは限らないこと、また、「巨人を駆逐してやる」ではなく「駆逐してやる」としか言っていないのが面白いところです。

さらにさらに、その日の超大型巨人襲来という大きなきっかけを作ったのは一体誰だったのか誰でもないのか…というところもまた想像が膨らみます。

ちなみに、「その日」は、エレンにはたくさんのイベントが起きています。「いってらっしゃい」「地下室の鍵」「壁の破壊」「母が巨人に食われる」どれも記憶との関連が深そうな出来事です。

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