「記憶を見せる」のは進撃なのか始祖なのか

グリシャは進撃の巨人の特性により未来の記憶(未来のエレンの記憶)を見ています。

そして現在のエレンはグリシャを通じて未来の記憶を見ています。

グリシャに記憶を見せたのはおそらく未来のエレンでなのでしょう(エレン本人の証言はありません)。

仮に未来のエレンがグリシャに記憶を見せていたのだとして、それは進撃の巨人の特性によるのものなのでしょうか?

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記憶送信は進撃の巨人特有のものなのか?

121話でグリシャが語った進撃の巨人の特性は「未来の記憶の継承者の記憶を覗き見ることができる」というものです。

「過去の継承者に記憶を送信できる」とは言っていません。

ただし、グリシャは「未来の継承者に記憶を見せられている」と感じており、また「その記憶の主がエレンである」ということも確信しているようです。

であれば「進撃の巨人は過去の継承者に自分の記憶を見せることが出来る」と考えても良さそうです。

しかし、作中の描写でわかるのは、エレンが グリシャに記憶を見せているということだけであり、 進撃の巨人の力によってエレンが記憶を見せている と断言することは出来ません。

仮に 記憶送信が始祖の巨人の特性 だったとしても、未来の継承者であるエレンが過去の継承者であるグリシャにエレンの記憶を見せた という関係は成立してしまいます。

エレンが始祖と進撃の両方を持っていることで話がややこしくなっており、原因の特定は困難です。

この辺はあまり深く考えずにとりあえず記憶送信は進撃の巨人の特性ということにしても良いのだとは思いますが、せっかくなので始祖由来の可能性も考えてみても面白いのではないでしょうか??

始祖の巨人は記憶送信が可能なのか?

なぜ記憶送信が始祖の巨人の力によるものであると考えられるのでしょうか?

以下の3つが大きな理由になっています。

  • 進撃の巨人は記憶送信が出来るという根拠が乏しい
  • 始祖の力で記憶を見せたような描写がある
  • 記憶ツアー中でなければエレンはグリシャに記憶を見せられない(記憶ツアー自体が進撃単独では不可)

なぜグリシャやクルーガーは記憶送信能力に気づかないのか?

誰の記憶が流れてきたのかわからないクルーガー

©諫山創 講談社 進撃の巨人 89話「会議」

もし記憶送信が進撃の巨人の特性なのであれば、グリシャやクルーガーがそれに気づくはずです。

しかし2人が何かそれらしい行動をした描写はありません。つまり「過去の継承者に記憶を見せることができる」というのは進撃の巨人の特性ではないということもあり得るのです。

歴代進撃継承者の中で過去の継承者に記憶を見せていたのがエレンだけなのであれば、それはもはや進撃の巨人の特性ではなくて エレンの特性 ということになるでしょう。

獣の巨人の投擲能力や女型の巨人の打撃能力は、ジークやアニがそれが得意だから武器になるほど強力なのであって、巨人そのものの特性ではありません。それと同じようなことです。

とはいえ、素のエレンが記憶送信を出来るのかといえばそんなことはないので、 記憶送信は始祖の巨人の力由来 である可能性が高いと思います。

そうであれば、進撃継承者のグリシャやクルーガーが過去の継承者に記憶を送ることが出来なかったとしてもおかしくありません。彼らはあくまでもされるがままに未来の継承者の記憶を見て進み続けただけなのでしょう。

※もちろんこれだけで進撃の巨人が記憶送信が不可能と断言することは出来ません。

マルセルの記憶を見たポルコ

作中では「始祖の巨人は何でも出来る」かのようなセリフや表現が度々登場しますので、始祖の巨人が記憶を送信できたとしてもおかしくないと思います。

根拠になりそうなのが以下のシーンです。

ライナーがポルコにマルセルに謝られたときの記憶を見せる

©諫山創 講談社 進撃の巨人 119話「兄と弟」

ライナーとポルコが接触(接近)することで「マルセルがライナーに謝っているときの記憶」を見ています。

マルセル視点の記憶はポルコの中にある「顎の巨人として継承している記憶」、ライナー視点の謝るマルセルは「ライナーの記憶」でしょう。

多分このときのライナーは必死なので無我夢中、つまり無意識で行動しています。確信を持っている訳ではなかったと思います。

ここの解釈は複数のパターンが考えられます。

  • ライナーがポルコに記憶を見せた
  • ライナーとポルコが道を通じて繋がり記憶を共有した
  • ライナーはエレン(始祖)と接触中だったのでポルコに記憶を見せられるような気がしてやってみた
  • エレン(始祖)がライナーを使ってポルコに記憶を流した

等々…

おおらかな解釈は「巨人の力を使えば記憶を見せられる(こともある)」とか「知性巨人同士が接触すると記憶が見やすくなる」などでしょうか。

もう少し厳し目にジャッジするならば、この現象は エレン(始祖)が関わっているから起きた とするのが妥当でしょう。

なぜなら、進撃のクルーガーやグリシャはじめ他の知性巨人継承者もみんな、誰かに記憶を見せる、あるいは見せようとする描写がこれまで一切なかったからです(アルミンがアニをお触りしようとしたのは自分の中に眠る記憶を掘り起こすことが目的の1つだったと思われます)。

そもそもライナーが単独でポルコに記憶を見せることが可能なら、もっと前にさっさとやっていたはずです。そうすればいつまでもグジグジと嫌味を言われることもなかったのですから(それをやらないからライナーは英雄なのかもしれませんが…)。

記憶の送信は知性巨人といえど普通はやりたくても出来ない、しかし始祖の巨人を介せば可能、というのがマンガ的にもうまい落とし所だと思います。

よって エレンからグリシャへの記憶送信は、エレンの始祖の巨人の力によるもの というのはそれなりに説得力があるのではないでしょうか。

そうであれば始祖ユミルがエレンに記憶を通じて何か伝えようとしていたというのも「始祖の力」ということで全てが丸く収まるような気がします。

記憶の送信は記憶ツアー中でなければ不可能?

記憶ツアーを拒否するエレン

©諫山創 講談社 進撃の巨人 120話「刹那」

そもそも記憶ツアーはジークがエレンの洗脳を解くために 始祖の力 で始めたものです。エレンはそんなことやるつもりはなく、無駄だと抵抗しています。

しかし皮肉なことにエレンはまさに自分が拒否した記憶ツアー中に記憶の送信が可能だと気づきました。

つまり記憶ツアーがなければグリシャもエレンも未来の記憶を見ることはなかったということになります。

エレンは記憶ツアーで記憶送信に気づいた?

グリシャが記憶ツアー中のジークを認識する

©諫山創 講談社 進撃の巨人 120話「刹那」

120話でグリシャがジークを認識する場面があります。

原因はおそらくこのときエレンの視線の先にジークがいたからです。

「兄さん」から「ジーク」呼び捨てに変化

©諫山創 講談社 進撃の巨人 120話「刹那」

そしてエレンとグリシャの記憶がシンクロしたのでしょう。

エレンのジークの呼び方が「兄さん」から「ジーク(グリシャはジークをジークと呼ぶ)」に変わりました。

さらに重要なのは、これまで記憶ツアーに消極的だったエレンがこれを機に積極的にジークを促すようになったことです。

エレンは記憶を送信できることに気づいた?

©諫山創 講談社 進撃の巨人 120話「刹那」

エレンはここで 初めて グリシャに記憶を見せることが出来ると気づいたのだと思われます。

そして「そういうことだったのか!これは使えるぞ!」とひらめき、目的の記憶の場面まで早く行きたくなったのでしょう。

記憶を送る合図?

エレンがグリシャに記憶を見せている?

©諫山創 講談社 進撃の巨人 121話「未来の記憶」

121話の記憶ツアー中のレイス家礼拝堂地下にて、エレンが表情(目)を変える度にグリシャの様子が変わります。

エレンとグリシャの変化①

  • グリシャ: フリーダに巨人を殺すよう懇願するが断られて狼狽
  • エレン: 表情(目)変化
  • グリシャ: 急に落ち着いて意気揚々と進撃の巨人の特性を語り始める

エレンとグリシャの変化②

  • グリシャ: 巨人化しようとするも躊躇してナイフを落とす
  • エレン: 表情(目)変化 & 立てよ父さん…
  • グリシャ: 覚悟を決めて巨人化

エレンがグリシャに何らかの影響を与えていることは間違いなさそうです。

記憶送信を可能にする条件は距離?

そもそも巨人の力が使われる際、行使する側とされる側の距離はそれなりに近くないといけません。

フリーダがヒストリアの記憶を消すときやジークがエレンを記憶ツアーに連れ出すときは接触しなければならないようですし、ジークやアニが叫びの力を使うときは対象者が声が届く範囲にいなければいけませんでした。

といういうことは、エレンが巨人の力を使ってグリシャに記憶を見せているならば、2人はある程度近くにいなければならない、ということになるのではないでしょうか??

エレンがグリシャに記憶を見せていると思われる描写は複数ありますが、全て2人が同じ空間におり比較的距離が近いときのものです。

グリシャはすでに死んでいる過去の人ですから、エレンとグリシャが近い距離でいられる状況を生み出せるのは記憶ツアーしかありません。

つまり記憶の送信は記憶ツアー中に限定される可能性が高いということになります。

地鳴らしの記憶はどう見せたのか?

おそらく「※あの景色」はエレンが地鳴らし進行中に見たものであり、グリシャもその記憶を見ています。

エレンが「あの景色」をグリシャに見せるには、エレンが実際に地鳴らしを起こさなれければなりません。

ところが地鳴らしは121話の記憶ツアーより後の出来事です。

これでは記憶送信が記憶ツアー中に限定されるという仮説に反してしまいます。

では、どのようにしてエレンはグリシャに記憶を見せるのでしょうか?

※あの景色: エレンが見たのは131話で少年エレンが「この景色」と呼んでいる雲の上の光景、グリシャが見たのは同時に地上で続く地鳴らし、と考えられます。

1人記憶ツアー??

地鳴らしの発動は エレンが始祖の巨人を掌握した ことの証であると考えられます。

エレンが単独で始祖の力を使えるのであれば、1人で記憶ツアーに赴きグリシャに記憶を見せることは可能だと思われます。

121話のエレンのセリフ「まだ親父がオレに食われる所を見てないぞ」は、後にその記憶を見ることを示唆していると見て間違いないでしょう。

15巻62話「罪」にエレンの巨人継承場面の記憶が登場しますが、前半はグリシャ視点、後半は第三者視点になっています。これがエレンの視点だった、という種明かしがこれから来るのではないでしょうか。

この辺りは具体的な描写がないのでどこまでいっても想像でしかないのですが、理由はなんであれ実際問題エレンもグリシャも「あの景色」の記憶を見ていることに変わりはありません。

記憶送信は記憶改竄の一種?

そもそも始祖の巨人は「記憶の改竄」が可能ということは予てから作中で言われていました。大雑把に言えば記憶の操作です。

そういう意味ではエレンがグリシャに未来の記憶を見せて行動を促すというのも、記憶操作能の一種とみなすことが出来ると思います。

121話の描写は記憶の改竄の映像化のような側面があるのではないでしょうか。

まとめ

「記憶送信」は「進撃の巨人の力」ではなくて「始祖の巨人の力」かもしれませんね、という話でした。

  • グリシャからクルーガーへの意図的な記憶送信描写がない(記憶を見た、流れてきた描写はある)
  • ポルコがマルセルの記憶を見たのはエレン(始祖)が関わっていると考えられる
  • 記憶ツアーがなければエレンは記憶を送信できることに気づかず、さらにグリシャに記憶を見せることも不可能だった。にも関わらずエレンは当初記憶ツアーを拒否し、途中まで懐疑的だった。

記憶送信が始祖由来だった場合、何が良いのかと言うと、ご都合感の減少、必然性の裏付け ということでしょう。

なんだかみんな良くわかっていないけれど必死にやった結果こうなりましたね、そして振り返ってみると全ては必然でしたね、ということが強調されるのです。

結果、地鳴らしに至るまでのエレンの苦悩がより深みを増すのではないでしょうか。

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32巻130話「人類の夜明け」

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