845について考察。壁のない世界

129話(追記。一部131話、最終話)までのネタバレを含みます。

845のコマより前の部分は 壁がない ので最終回に繋がる場面かもしれませんね、という考察です。

「845は年号」ということが前提になっています。

845が年号なら0年には何が起きた、何を基準に845年なのか、845が「年号ではない何か」だとしたら何を表す数字なのか、という話には触れていません。

845の謎

©諫山創 講談社 進撃の巨人 1巻1話「二千年後の君へ」

この場面、「いってらっしゃい」「やけに目立つ木」「木に刻まれた十字架」など話題に事欠かないのですが、それは一旦置いておいて 壁がない というところが非常に気になります。

「壁がない」というか、「壁が描かれていない」あるいは「壁が見えないように描かれている」という感じです。何かトリックが隠されているような気がします。

では、何のためにそのような描写になっているのでしょうか?それは何を意味しているのでしょうか?

訓練兵団入団以降、地鳴らし発動後ならまだしも、子供時代のエレンの生活圏内で壁が見えない場所はないはずです。この場面は薪を拾いに行っているだけなので、シガンシナ区の自宅からそこまで遠くに行っているとも思えません。

ということは、ここで描かれている世界は、我々がずっと追い掛けてきた世界と違うものだと考えられるのではないでしょうか?

つまりエレンが目指しているであろう、巨人がいない世界(壁がない世界)ってこのことなんじゃないでしょうか。

数字のコマの意味と使われ方

進撃の巨人(129話まで)には年号らしき数字のコマが4回登場します。

  • 845 1巻第1話「二千年前の君から」
  • 850 1巻第2話「その日」
  • 844 2巻第5話「絶望の中で鈍く光る」
  • 847 4巻第15話「個々」

話の流れとセリフから年号のことを指しているのはほぼ間違いないでしょう。アニメではナレーションが「845年」とはっきり言っていますし。

これら数字のコマの共通点は、そのコマの後に、該当年の出来事が描かれていることです。

数字のコマの前は、その年より前(過去)だったり、後(未来)だったりします。

場面転換の役割を果たしている訳です。まあ、普通ですよね。

※ちなみに、作中では「今は〇〇○年だ」というセリフや表現が1度も出てきません。「何年前」としか言われていないのです。アニメでもナレーションでしか言われていません。何か狙いがあるのかないのか、非常に気になるところではあります。

第2話 850の前後

850の謎。駆逐してやる一匹残らず

©諫山創 講談社 進撃の巨人 1巻2話「あの日」

第2話の850の前は、エレンが避難する船の甲板から巨人を眺めながら涙を流し「駆逐してやる!!この世から…一匹…残らず!!」という有名なセリフを言うシーンです。

そして、850のコマが挿し込まれて舞台は現在へ。訓練兵の卒業式的な場面に転換します。読者はそれまで描かれた845(年)から5年後の舞台が変わったんだな、と理解するでしょう。

第5話 844の前後

844の謎。ミカサ覚醒の年

©諫山創 講談社 進撃の巨人 2巻5話「絶望の中で鈍く光る」

第5話の844のコマの前は、トロスト区攻防戦でミカサが避難する住民を助けるシーン。巨人を倒し、門を塞ぐリーブス会長を一喝して無事問題解決。幼いルイーゼと母にお礼を言われます。

そして、頭痛が始まり過去の回想へ。その過去は844(年)で、ミカサは両親が殺された後、自身は誘拐され、助けに来たエレンと共に強盗と戦う際にアッカーマンの力が目覚める…というエピソードへ続いていきます。

第15話 847の前後

847の謎。訓練兵団入団

©諫山創 講談社 進撃の巨人 4巻15話「個々」

847だけは15話のド頭なので、前のコマはありません。14話はエレンが超大型に開けられた穴を岩で塞いだところで終わります。

15話は回想から始まっていると読むことが出来るでしょう。

847(年)は開拓時代。農作業中のアルミンは奪還作戦と称した口減らし作戦によって両親を失ったことを嘆き、威張り散らす憲兵団に対して「今に…見てろ」と呟きます。彼が穏やかならぬ気持ちを持っていることが伺えるシーンです。

そして第1話 845

845のコマを境に2つの世界が描かれている?

©諫山創 講談社 進撃の巨人 第1話「二千年後の君へ」

  • : 壁なし。845年ではない世界。または記憶?
  • : 壁あり。845年以降の世界。
  • : エレンまたは他の継承者が見た記憶
845のコマ前後の状況を図解

第1話の845の前は、かの有名な「いってらっしゃい エレン」の下りです。

エレンとミカサが一通り会話した後、泣いていることを指摘されたエレンが「え…!?」と言って、845。

場面が変わって、ドーンと壁が現れます。

845のコマの使われ方が他の数字のコマと同じならば、

  • 845のコマより後 → 845年 の出来事
  • 845のコマより前 → 845ではない年

ということになるはずです。

しかし、その後の数ページを読み進めても特に場面転換は起きていないかのように感じます。

つまり、本当は845の前後で別々の場面を描いているにも関わらず、読者が同じ場面が続いているように錯覚させる狙いがある、ということなのではないでしょうか?

845の前には壁がない。845の後には壁がある

845の前は壁がない

©諫山創 講談社 進撃の巨人 第1話「二千年後の君へ」

「845の前」は壁がありません(壁があるのかどうかはっきりわからない)。

壁が見えそうで見えない微妙なアングルなのでなんとも言えませんが、少なくとも壁が描かれていないことは確かです。

ミカサが「どうして泣いているの?」と言っているときの2人の立ち位置と、845の直後のコマの立ち位置が同じならば、木の葉が舞うミカサの背景には壁が映り込んでいるはずです。

しかし、背景は空白です。

キャラクターを強調するためにあえて背景を消している可能性もありますが、果たしてどうなのでしょうか。

120話の記憶の断片と比較

「どうして泣いているの?」の場面で1話と120話ではミカサの背景が違う ©諫山創 講談社 進撃の巨人 左・第1話「二千年後の君へ」 右・第120話「刹那」

120話「刹那」では、ガビに首を吹き飛ばされたエレンがジークと接触した直後から、座標に到達するまでの間にエレンの記憶の断片が挿し込まれます。

この1つ1つの断片はエレンにとって印象深いものの集まりだと考えられますので、ここに登場したものは重要度が高いと判断して良いでしょう。

その中に第1話のミカサのシーンとそっくりなものがありますが、背景に壁が描き込まれています。

1話の背景に壁がないのは手抜きなの?

ということは、1話に背景がないのはやはり単なる手抜きや簡略化なのでしょうか??

もし作者が全く同じシーンを描いてるのであれば、手抜きなのかもしれません。あるいは連載初期なので背景を細かく描く余裕がなかったか。

しかし、もし作者が「壁のない世界」を想定しているのであればこれはそれぞれ別なシーンだということになります。つまりきちんと描き分けているということです。

120話の 壁ありミカサ は「845の後のエレン」が見た世界。つまり、我々読者がずっと見てきた世界のエレンの記憶です。

一方、1話の 壁なしミカサ は「845の前のエレン」が見た世界です。壁がない世界に住んでいるのだから、当然ミカサの背景に壁はありません。

微妙な点を残しつつも、「845の前」で描かれている世界には壁がないと考えることは、全く馬鹿げた発想というわけではないことがわかると思います。

845の前のエレンとミカサはいつのエレンとミカサなのか?

もう1つ疑問なのは、845の前のエレンとミカサは一体いつのエレンとミカサなの?ということです。

全くの別人という可能性は低いでしょう。例えば845の前は2000年後であり、この2人はエレンとミカサの生まれ変わり…なーんてこともあり得るかもしれませんが、2000年後と845年で風景が全く変わらないというのはちょっと無理があります。

であれば、「記憶」「妄想(脳内イメージ)」「並行世界」などが考えられると思います。

問題はいかに本編と上手く馴染むか、というところでしょう。

壁あり世界と壁なし世界

845のコマを境に別の世界が描かれている?

©諫山創 講談社 進撃の巨人 第1話「二千年後の君へ」

  • : 壁なし。845年ではない世界。または記憶?
  • : 壁あり。845年以降の世界。
  • : エレンまたは他の継承者が見た記憶

845の前のコマはいつなの?

では、「いってらっしゃい」から845のコマまでの一連のシーンはいつの出来事を描いているのでしょうか。

エレンは「オレがこの世を終わらせてやる」と始祖ユミルに言いました。

この世って何かといえば、「巨人が支配する世界」ではないでしょうか。

終わらせた先にあるのは「巨人がいない世界」であり、「壁のない世界」ということになるでしょう。

つまり「845の前」の2ページで描かれている世界は、最終回付近でエレンたちがたどり着く世界、ということなんじゃないでしょうか。121話でエレンが「あの景色を…」となんとも言えない絶妙な表情で語ったのがこの景色かもしれません。

↓↓↓※131話ネタバレ

★★★

131話「地鳴らし」で、子供エレンが雲の上から見た景色が121話で言った「あの景色」のようです。845の前2ページが「あの景色」でないことがほぼ確定したようなので、別の可能性を考えてみます。

★★★

↑↑↑※131話ネタバレここまで

壁なし世界は夢か記憶か現実か

記憶ツアーによる過去干渉の描写を踏まえると、進撃の巨人の世界では未来と過去が互いに影響を与えている(因果がグルグル回っている)ようです。

であるならば、「854年に地鳴らしによって壁が崩壊したことで845年の壁もなくなる」というおかしなことが起きる可能性もあると思います。何を言っているかよくわからないかもしれませんが…。

作中のエレンやアルミンは「壁がない845年」を体験することはありません。最終回近くのエレン達は少なくとも854年以降の世界に生きているので、それはもう過ぎ去った過去です。

しかし「壁がない世界の845年のエレンはそれを当たり前のことと認識してそこにいる」でしょう。あるいは854年のエレンが記憶としてその光景を見ることがあるかもしれません。壁がない世界も確かに存在するよね、ということを実は第1話でやってましたよ、みたいな話です。

映画「ラ・ラ・ランド」のラストシーンに近いイメージかなと思います(当然、全く同じではない)。

空想の世界ではあるのかもしれないけれど、それは現実の世界があるからこそ想像されて生まれたもの。壁があるからこそ壁がない世界を夢見る。不自由だからこそ自由を求める…

やり直しループでもないし、枝分かれ分岐のパラレルワールドでもない。現実とは言い切れないが、あって然るべきと思わせる不思議な世界。

今までの選択の重みを損なわずに少しだけ希望を感じさせる描写という意味ではちょうど良い気がします。

いってらっしゃい

ここまで考えると、では「いってらっしゃい」とどう繋がるのか、というのが気になりますので別ページで考えたいと思います。

「いってらっしゃい」1話と138話の繋がりを考察

ちなみにアニメでは「いってらっしゃい」がカットされていますので、この一連のシーンに関係する展開は大ラスではないのかもしれません。原作とアニメで多少演出が違ったとしても大筋に影響はない形で挿し込まれると考えられます。

↓↓↓※最終話ネタバレ

木に刻まれた十字架は「道」の証?

※ 最終話公開後追記

845のコマを境に別の世界が描かれている?

©諫山創 講談社 進撃の巨人 第1話「二千年後の君へ」

赤枠内の部分は「道」の世界だと思います。138話の「いってらっしゃい」から繋がっている「道」での出来事です。

最終話でエレンとアルミンが成長して姿を変えながら「炎の水、氷の大地、海、砂の雪原」を旅したのと同じように、エレンとミカサがスイスの山小屋からシガンシナ区郊外を旅しているということです。

1話の木に刻まれた十文字

©諫山創 講談社 進撃の巨人 1巻1話「二千年後の君へ」

エレンが眠っていた木の幹には十文字(十字架)が掘られています。しかし最終話でミカサがもたれている木には十字架が見られません。

最終話。エレンの居眠り1

©諫山創 講談社 進撃の巨人 34巻最終話「あの丘の木に向かって」

10年以上経ったのだから消えたんだろうと思われるかもしれませんが、じゃあなんで1話の木に傷がつけてあるの?という話になります。

最終話でエレンが死んでしまうことを示唆する伏線ということなのでしょうか?

それもあるかもしれません。しかしそれだけではない可能性があります。

最終話以前の回想シーンでも木にもたれて居眠りするエレンは複数回登場しているのですが、どれも十字架の傷が見えないアングルで描かれています。

7話。エレンの居眠り1 7話。エレンの居眠り2

©諫山創 講談社 進撃の巨人 2巻7話「小さな刃」

130話。エレンの居眠り1

©諫山創 講談社 進撃の巨人 32巻130話「人類の夜明け」

138話。エレンの居眠り1

©諫山創 講談社 進撃の巨人 34巻138話「長い夢」

最終話。エレンの居眠り2

©諫山創 講談社 進撃の巨人 34巻最終話「あの丘の木に向かって」

このように、回想に登場する木には十字架の傷が一切見えません。

そして最終話↓

最終話。エレンの居眠り1

©諫山創 講談社 進撃の巨人 34巻最終話「あの丘の木に向かって」

最終話の現実場面では、十字架が刻まれているはずの が描かれています。

一目瞭然、十字架はありません。

つまり「1話の木とは別物(道)ですよ」と示しているのではないでしょうか?

7話と130話の背負子の位置の違い

たまたまかもしれませんが、7話と130話ではエレンの背負子の位置が微妙に違います。

最終話でミカサが「エレンはいつもあそこで居眠りしてた」と言っていますので、回想に登場するのがすべて同じ時のものとは限らない、ということなのかもしれません。

そうであれば尚更、1話だけがあの木に十字架の傷がついているとわかるように描かれていることの意味が増すのではないでしょうか。

↑↑↑※最終話ネタバレここまで

850以降、数字のコマはない…

ちなみに、「数字のコマの後は回想」という法則があるとしたら、850(年)以降の物語はすべて回想ということになりはしないでしょうか。

なぜなら、数字のコマは850より大きい数字が出てきていないからです。

アニメのナレーションはアルミンの声です。進撃の巨人はアルミン(または同じ声になるほど近い存在)が語る物語という妄想も出来ます。

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